JUGEMテーマ:日記・一般
こんにちは、フロント安部です。
年が改まり、そろそろ1ケ月、早くも1ケ月です。
旧暦でもお正月を迎え、
いよいよ本当に新しい区切りが到来しました。
皆様には新しい年の手ごたえはいかがでしょうか。
変化し続ける価値観と世の中の流れに溺れることなく、
今年も変化を楽しみながら受け入れていきたいものです。
若い頃、頑なに恐れていた、あれもこれも、
飛び込んでみたら、意表を突くくらい何でもないものだったりしました。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってとこでしょうか。
だから若者の皆さんも、未来をどうぞ恐れずに。
武者震いしつつ凛々しく眉根を上げて静かに歩を進める若者を、
オバサンはいつの時代も応援するものです。
…と、ナマイキなことを書いてみる。
しかもなぜか、オバサン代表に成り切っている…。
さて、今年も字ばっかりのブログを書いてる愛想ナシの私ですが、
乙女の気持ちを普段はしまってあるだけで、
こんな私でも全身が涙色になるような、恋心満載になる場所があるのです。
それは当館下のパノラマ展望台にあるのですが、
そこにある江差追分節名歌碑をご覧になったことがあるでしょうか。
そこには、
忍路高島 およびもないが せめて歌棄磯谷まで
と書かれています。
<忍路(おしょろ)> <高島(たかしま)> <歌棄(うたすて)> <磯谷(いそや)>
はいずれも地名で、前者二つは今もある小樽の地名、
後者二つは小樽から南へ下る海沿いの町の名前です。
いずれも鰊漁で栄えた漁港で、
その昔、前者と後者の間にある岬は、
女性が通ると海の神様が怒って嵐を起こす、と言われており、
女人禁制だったのです。
春になって鰊漁が始まると、内地(本州)の屈強な男性は漁場へ向かうわけですが、
板子一枚、下は地獄と言われる海を、愛しい人だけを送り出さねばならない。
ならばせめて、女人禁制ギリギリの歌棄や磯谷まで行って、
少しでも近くで愛しい人を祈っていたい。
そんな感じでしょうか。
恋人が転勤になってしまうなら、
網走だろうが旭川だろうが(道外の方はお時間あったら地図参照願います)、
近くにいれないのは同じだよと、大半の人が大なり小なり一度は落胆すると思いますが、
そんな現代の私たちに比べ、
なんてすがすがしく、力強い心なのでしょう。
今は、事情が許せば網走でも旭川でも一緒に行くことができますが、
海の神様が怒るなどと言われちゃあ、手も足も出やしません。
しかも、今となれば女性もこちらへ来てるので、神様激怒説には根拠がない(たぶん)。
もちろんケータイもない。
寒い季節をじっと耐えて待っているのは、どんなに切なかったか、
そして春が来るのがどんなに待ち遠しかったかと思うと、
鰊漁が終わって愛しい人が帰って来た日の、
幾人もの女性の、底から湧き上がるような笑顔が思われます。
そんな笑顔に最初にかける言葉は、
心地よい揺らぎのリズムを持った、丁寧に発声されたものであったことでしょう。
今年も鰊漁が始まり、ここ何年かの豊漁が今年も期待されています。
もちろん、今はそんな女人禁制なんて岬もありません。
けれど今は、ホーシャノウと言うものが、
震災地の家族を離れ離れにしていると聞きます。
新しい年が復興元年であることを、心から祈ります。
そして、岬もそれもない暮らしができている私たちは、
大切だと思う人が近くにいるなら、
照れてる場合じゃないよ、色んなことに負けずに頑張らなくちゃね、
と思う次第なのです。
余談ですが、子供の頃、歌碑の意味を別の意味でも習いました。
忍路や高島はベラボウな稼ぎを生み出す漁場でした。
だから、歌棄や磯谷くらいでもいいから、お金持ちになりたいや、って説。
あと、替え歌(?)で、
本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に
ってのも大人が口にしていました。
高島には<本間>姓が多く、
かく言う私も地元の中学出身なのですが、
1クラス30数名に、本間姓が3〜4人いました。
そんな本間一族は地元では有数のお金持ちだったそうです。
殿様以上の本間一族。
グローバルなスケールですね。
パノラマ展望台の歌碑と海を交互に見ると、
昔の女性のしなやかで清潔な強さに感嘆します。
感嘆ばかりしてないで、私にもそのDNAがあると信じてみます。
ホテルノイシュロス小樽 宿泊部 安部優里